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人形作家 「辻村ジュサブロー(辻村寿三郎)」作

NHK連続人形劇 「真田十勇士」 シリーズ


1975年から2年に渡り放映されたNHK連続人形劇「真田十勇士」は、その前に放映された「新八犬伝」と共に人形作家「辻村ジュサブロー」の名を不動のものとしました。
あたかも魂を持つが如く大活劇を演じる人形に子供から大人まで胸を躍らせ感嘆しました。
この作品は、その人形劇中で実際に使用された人形であり、その内容は、巌流島の決闘で名高い「佐々木小次郎」で、重要な役どころの人形です。


NHK連続人形劇 真田十勇士】

『真田十勇士』(さなだじゅうゆうし)は、1975年4月7日〜1977年3月25日まで、NHKで放送された人形劇。
全445話(月曜〜金曜の帯番組)。
原作は柴田錬三郎の小説で、重要エピソードの最後には、柴田錬三郎が解説をしていた。
NHKでは基本的に録画テープを上書きして使用しており、視聴可能な物は、第1話、第435話、第443話の3話分しか現存していない。
なお、エンディングは金曜日の放送分にしか収録されておらず、第435話は、エンディングを確認できる唯一の一次資料となっている。


辻村ジュサブロー 京東屋

辻村ジュサブロー 京東屋

辻村ジュサブロー作品集 「真田十勇士」 日本放送出版協会

辻村ジュサブロー 京東屋



【辻村ジュサブロー】

日本の人形作家、人形操作師。
アートディレクター。

年譜
1933年 旧満州国錦州省生れ。少年時代を中国大陸で過ごす。
育った料亭で芸者の着物や端切れに親しみ、物心ついたときには割り箸で人形を作っていた。
1944年 11歳で日本に引き揚げ。広島市内の横川(現西区横川町)に1年ほど住む。
1945年 原爆投下の3ヶ月前に母の郷里で中国山地の山間の町、広島県三次市に越す。
横川は爆心地から2キロほどの地点にあったため、あのまま広島市内に居たらこの世にいなかったかも知れない。
戦後 三次中学(現三次高校)卒業。
裁縫士になるべく洋服屋に奉公するが三年で辞めるなど、他の仕事も長続きしなかった。しかし入った演劇サークルで看板書き、舞台装置、役者のかつら造りなどをする。
1954年 母の死をきっかけに広島に来演した前進座の河原崎国太郎を頼り役者を志して上京。
その後河原崎の紹介で小道具制作の会社に就職
1959年 26歳で独立、幼い頃よりの趣味であった創作人形を一生の仕事と決意
1961年 第13回現代人形美術展で『八百屋お七』が入選。以後、同展で特選・佳作となるなど人形作家としての地位を確立
1973年 NHK『新八犬伝』で人形美術を担当、300体もの人形を作り、一躍人気作家となる
1975年 NHK『真田十勇士』の人形美術を担当
1978年 『王女メディア』(日生劇場)、アートディレクター担当
1981年 映画『魔界転生』の衣装デザイン担当
1986年 『オイディプス王』(築地本願寺)、アートディレクター担当
1990年 TBS系時代劇『浮浪雲』(ビートたけし主演)の衣装デザイナー担当
1996年 東京日本橋人形町に長年の夢だった自身の人形館(ジュサブロー館)を開館 
2000年 辻村ジュサブローを本名「辻村寿三郎」に改める
2006年 怪主催「世界妖怪会議」にゲスト出演するため、故郷三次市に凱旋。また、福岡県行橋市で人形教室が開講。
その他その異才ぶりを遺憾なく発揮し、数々の創作人形の発表、人形芝居の上演、舞台衣裳デザインなど精力的な活動は行う。
日本を代表する人形作家でありながら人形の世界にとどまらず、総合的なアーティストとして各方面より大きな注目を集めている。
また人形館(ジュサブロー館)では作品展示の他、アトリエを公開しファンとの交流を図っている。現在人形町で唯一人の人形職人である。
なお文楽人形遣いの2代目桐竹紋十郎に人形制作のいろはを教わった。


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1件〜3件 (全3件)

1件〜3件 (全3件)

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